ヒステリーの先へ

人に何か言われてカチンと来ることは、多かれ少なかれ誰しもあると思われる。ある人が、カチンと来るっていうのはヒステリー的な反応だと言っていた。そうかと思う。ヒステリーといえば、外向、お山の大将、完璧主義・・このような言葉が思い浮かぶ。

童話「つぐみひげの王様」は、女性の自己実現の過程を描かれたものとして、ある分野の心理学の本で取り上げられることがある。主人公の美しい王女様は、求婚してくる男性たちにケチをつけて断り、王(王女の父でもある)の怒りを買い、乞食の元に嫁に出される。物語の最初に見られる、周囲の男性にケチをつけ続ける・・これが心理発達的に見て、ヒステリーの状態と言えるかと思う。

ヒステリーの自己像とは、曇りない完璧で清らかな私、この私に近づいて物を言うとは100年早い・・こういう感じだろうか。美しく清らかな王女様と、あごの曲がった醜いつぐみひげの王様。接点ができたときに、女性に激しい怒りが沸き、何らかの介入(父親である王様など)により、それまでの世界は破壊され、女性は一旦受動的になる(つぐみひげの王様の場合には、王女様は乞食の夫について物乞いをして歩く)。受動的な状態の中で、汚らしさ、暴力性、そういったものを女性が体験し、取り入れた後に女性は一段成熟する。童話だけでなく、他にも神話や小説の中で、女性の精神発達とその途中にあるヒステリーの心理状態が描かれている。例えば、村上春樹の小説「1Q84」の中でも、物語の前半では、主人公の女性の、男性の暴力性に対する怒りや殺意が描かれている。ちなみに、主人公の女性が受動的な状態に入る前に、ある決定的なできごとが起こるが、物語の中盤のその場面、窓の外で落雷がある。

物語に見られる流れに照らして、あるべき姿を思い描くならば、現在ヒステリー状態にある人には、この先一段成熟をしていくことが求められる。というか、本人が求めずとも、雷が落ちるような経験を経て周囲に変化が起きて、やむなく次の段階へ移行する場合もあると思われる。すなわち次の段階とは、「つぐみひげの王様」でいえば、物乞い・奉仕をするような、受動的な生活を送る、その状態のことである。

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。