稀有な経験

この半年間、相談室への業務委託という形で、月に数回企業に入って働いていた。産業分野での業務は、仕事内容が今まで経験してきたものとはかなり異なり、思いのほか大変で、はじめて2か月目くらいには、やって行けるかなあと、毎回不安の中で働いていた。これまで単独の心理士として他職種に交じって働いた経験はありましたが、心理士さんが複数いるチームの中で働くのは初めてだった。それでもここまで半年間働くことができたのは、一緒に働いた皆さんのおかげだと思っている。

大きな企業で働いていると、心理士と言っても、自分ひとりで働いているのではないなというのが、特に強く感じられる。ひとりでないことはよい面もあると思いますが、自分は組織の歯車の一部でしかないのだなと言う感じも、やはりする。15年前まで同じような会社でOLとして働いていたけれど、その時代と同じ、標準化(誰がやっても同じパフォーマンスができるように業務をマニュアル化して共有する)と、ダブルチェック(ミスが出ないように、一度終えた仕事を他の誰かにチェックしてもらう)の世界に、今度は心理士と言う立場で久しぶりに身を置いたのだなと思った。

それでも、15年前には感じなかったことを感じられたのは、自分にとって大きな収穫だった。まずは、お給料をもらえるのは、自分ひとりの力ではない。自分が今ここで働けるのは、心理士がこの企業で働けるように道筋をつけてきた心理士さんたちのおかげだし、現在仕事を共有しているチームの皆さんのおかげだ。それを思うと周囲の人に自然に感謝の気持ちが湧いた。それで折に触れ「お世話になります」「ありがとうございます」と感謝の気持ちを言葉に出して伝えた。こんな当たり前のことが、20年前の私はわからなかった。そして2つ目には、人とのつながりも、少しではあるが感じることもできた。この人は尊敬できる、何か大切なことが教えてもらえそうだ、そういう人が職場にいらっしゃったのだった。

さて、果たしてここでやって行けるかな・・とこころもとなく感じながら5か月経ったある日突然、やって行ける気になった。自信の芯のようなものが生まれ、同時に、これまで切れ切れだった知識の断片が、ひとつにまとまりつつあった。しかしまさにその日、上司から呼ばれて、「この契約は3月末までということでお願いします」と、契約の打ち切りを告げられたのだった。理由は産休の方が予定通り戻って来るということでしょうがない。が、引き続き月に数回くらいは働けるといいなと思っていたので、残念であった。

半年という短い期間だったが、産業分野で働けたこと、その中で自分がいろいろな面で成長できたという実感が持てたこと、何より、この人には何か大切なことが教えてもらえそうだ、そういう人が職場に存在し一緒に働けたことが嬉しかった。

稀有な経験であったと思う。

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。