牡丹の思いで

今私の家には牡丹(ぼたん)の花がある。実家に生えているのを切り花でもらったものだ。今まで牡丹の切り花にはあまり興味もなかった。私の好みからすると華やかすぎるからです。それが今年は「あんたあげるわ」と母に言われて、そのままはいそうですかともらってきた。

牡丹と言えば、思い出すのが学生時代のときのことだ。私は地方の私立大学に在籍していたが、勉強もそれほどやる気はなかったので、体育会の水泳部に所属し練習に熱中した。スポーツを奨励していた大学でもなかったが、私たちは私たちなりに真剣にクラブ活動に取り組んでいた。練習は月曜以外毎日、屋内プールがあったので、授業の合間に必ず1日1時間半の練習をこなした。日に少なくて3500メートル。多いと4500メートルくらい泳いでいた。朝練もあった。水泳部には年に3回合宿があった。今はなくなってしまったが、大学構内に研修センターがあり、そこに1週間寝泊まりして合宿生活を送った。合宿の間は朝8時から練習し、夕方6時まで、途中陸上のトレーニングも含めて日に10000メートル泳いでいた。

牡丹の花の思いでに戻る。大学時代、ゴールデンウィークの時期に必ず水泳部の合宿があった。実家には母の趣味でたくさんの花が植わっていたが(今も植わっているが)、ゴールデンウィーク前後に開花する花は多く、一番花が見どころを迎える時期だった。ライラック、ハナミズキ、そして牡丹。毎年合宿に出かける前に、ハナミズキとライラックはほんの少しの咲きはじめ、そして牡丹はほとんど花弁をみせないくらいのつぼみだった。そして毎年合宿を終え帰宅すると、牡丹は開ききっており、ライラックは終わりがけ、ハナミズキはもうほとんど花弁を残していない、という状態だった。

私は、4年間それをとても残念に感じていた。牡丹の開花していくところも、それらの満開のところも、毎年見られない。あーあ、合宿さえなければなと思いながら結局大学の4年間ゴールデンウィークは水泳部の合宿に参加し続けた。しかし、その後社会人になってからしばらくはその時期を実家で過ごすことになったのだが、花々が咲いていく様や満開の様子を感慨深く眺めていたかというと全くそんな思い出はない。

今、目の前に牡丹の花を目にして思い出すのは、学生時代に合宿から帰って目にした、開花しきった牡丹の花、散り際のライラックとハナミズキの様子だ。あーあ、今年も見られなかった・・。なぜそのときのことを思い出すのだろう。

ひとつには、それが喪失感というものを含んでいたからだったと思う。自分で選び、家にとどまらずにその時期に合宿で外で過ごす。その代り失うものも出てくる。青年期を何か選びとり、それに関する責任と喪失感を感じる時期とするならば、私も青年期を送っていたのだなと思う。しかし、そのときの感じはいまだに私の中にあり、同じような感傷を呼び起こす。

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。