昨年の12月くらいにある夢を見た。それには普段使っている鍵が出てきたが、実在の物と色が違った。不思議な気がして、印象に残った。
そこから4か月余りが経過し、先日現実であるできごとがあった。それは昨年から1年間、悶々と悩み続けたことに対する、ある解決が私の内面で起こった、その直後のことだった。あることに対し、ネガティブな感情があり、どうしてもそこから脱け出せないでいた。それは1年ほど私のこころを占めていた。どうにもならない囚われ、それに伴う不満や怒り・・そういったネガティブな感情に、支配され続けていた。それはどうにもならなかった。とういより、私にとっては、事態は変えようがないし、がしかし、どう考えても自分が間違っているとは思えなかった。もう自分が我慢するしかないのだ。
しかし、いろいろな条件が重なって、最近、その自分の考えが覆ることとなった。まあ、それには1年という年月は必要だったのかもしれないと思う。それで考えが覆ったとたん、関連する現実も変化したのは少し面白かった。とたん、というより、同時と言ったほうがいいかもしれない。加えて奇妙なことに、現実が変化する3日前に、私はある夢を見た。それは、私はどこかの家の中にいて、誰かに外から鍵をかけられてしまい困惑しているが、実は別に出入り口があり、そこには鍵がかかっておらず、私は自分で開けてそこから出ることができた、そういう夢だった。
さて、私はいったい、自分が何者なのか。人生という道筋において、いったい私はこの先どこへ行こうというのか。いまだによくわからない。問い続けて、こうかな・・と結論づけては、また考えることを繰り返している。上記の夢の続きも、家から出たはいいが、外は薄暗く、ここはどこかと途方に暮れている場面だった。要するに、「私」についてぐるぐる考えてもわからないということなんだろう。それに最近、こういう、自分について問うこと自体、意味が無いどころか、むしろ不要に思えてきた。何者かであろうとすると、ただでさえ下手なのに、もっと人の話を聴くのが下手になるように私には思える。
何者であるかなんて、どうでもいいのだろう。私なんて、そこらへんに落ちている藁かなんかでも。大切なのは私がここで、何に責任を持って、そのために何をすべきで、そのためにどうふるまうのかなんだろうと思います。そうしていたら、おのずと自分の周囲に景色が形成される、そういうものなんだろう。
私がかつて夢で見た鍵は新たな場所に通じるための鍵かと思う。すなわち、何者でもない私のための場所です。かつて、私が自分を閉じ込めていた場所から出るのは大変なことに思え、もう出られないと思ったが、時が来たら出られた。その解決のきざしは4か月前に既に夢の方では示されていた。
