とんびと虹

先日休みを取って湯谷温泉に行った。知り合いの先生のおすすめもあり、忌野清志郎が何度も訪れたという宿に泊まってみた。お湯は泥のような色でにごっており、独特のにおいがした。そして、風が強い日で、宿の障子のがたぴし言う音が一晩中気になりはした。けれど、清潔でお料理もおいしかった。

宿の感想はさておき、そこで久々に虹を見たのだった。

その日は一日朝から細かい雨が降っていて、空はどんよりと灰色に曇っていた。お風呂から出て部屋に戻ると時刻は午後の5時を過ぎていた。旅館は川沿いギリギリのところに建っていて、窓から身を乗り出して川下のほうを見ると一面曇り空の中、川下の方の川が見えなくなるあたりでやっと猫の額ほどの青空が見えた。

やがて、旅館の川を挟んで向かいの2つある低い山の頂が明るく照らされた。既に夕方の5時半前になっていた。その日初めての青空ということもあって、しばらく窓をあけて外を眺めていた。

寒くなったので窓を閉めて部屋の中に戻り、部屋の中で座ってぼんやりしていると、川の音に交じってふたたびとんびの鳴く声がきこえた。また窓のところに行って窓をあけて空を見上げるととんびが2羽目の前の空を旋回していた。川下のほうの空もずいぶん青空が広がって明るくなっていた。向かいの低い山の頂上も明るく照らされて、その部分だけ木々が鮮やかな黄緑色で光ってみえた。川を挟んだ旅館の向かいの木々も雨に濡れた後に日に当たって、緑色の鮮やかさが増しているようにみえた。

しばらくすると、空全体のほとんど雲がなくなって薄い水色の青空になった。すると東の空の、山と山の間のところで、とんびが2羽大きく輪を描いて飛び始めた。眺めていると、とんびの旋回している背後で徐々に虹が現れた。何度か大きく手を振ると、一羽のとんびが虹を背にして空を旋回しながら大きく何度かはばたいた。そして、虹が消えると同時に、2羽のとんびは東の空へ飛んで行った。

人間には私はこうですという「オモテ」が必要だけど、とんびの世界にはそんなものはない。向こうから見たらこっちはどう見えてるんだろう。とんびと虹が見えたのは3分くらいの間だと思うけれど、その間に私が考えていたのはそんなことだった。

それにしてもきれいな眺めだった。

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。