白と黒

ユング心理学で大切なのは、自己実現という考えで、日本にユング心理学を紹介した河合隼雄先生によると、自分の劣等な部分に目を向けて、それと対決し、それを自分の生き方に取り入れて行くことを言う。私は心理療法に夢分析を取り入れていて、クライエントの見る夢や自分の見る夢に白と黒のテーマが出てくることがあるが、河合先生の書いた本には白と黒のテーマがこの自己実現の考え方や経過を説明する中ででてくる。もう少し、的を絞ると、白と黒のテーマは、河合先生が自己実現の考え方や経過を説明する中でも、「影」(個人がそれまで意識的には生きてこず、容認しがたいと無意識に押し込めてきた生き方や、心的内容。例えば大人しい生き方をしてきた人が抑圧してきた攻撃性のこと)や、「コンプレックス」について説明した中に出てくる。

例えばユング心理学入門でユングの患者さんの夢で、黒い服を着た白の僧と白い服を着た黒の僧が出てくる夢がある。河合先生はここで、「この老人の持つ不思議な二義性が黒と白のテーマ、そしてその交錯となってあらわされている。これは善と悪の微妙なからまり合いを示唆しているもののように思われる」と説明している。他には、多重人格の女性の、イブホワイトと、イブブラックの事例というのが紹介されている。イブホワイトは地味で慎み深く、聖女のようであり、声も温和で慎み深いものであった。イブブラックのほうは派手好みで陽気で声も粗野であった。この場合も白の方は善、黒の方は悪・・という感じにとらえられる。ここで、白と黒のテーマが出てきたら、単純に善と悪としてとらえてよいのかという疑問が起こる。(段落「」内 河合隼雄 著「ユング心理学入門」より抜粋)

それに対する答えは、河合先生の「影の現象学」という本に記載されている。「象徴性の問題は実際はそのように単純明快ではない」「黒の象徴性が案外な複雑さを示すのは、黒色が象徴的にには二面性を有しているためと思われる。サス=スィ―ネマンはラテン語では黒を意味する語がāterとnigerとの二種類あることを指摘している。前者は光のない単なる黒であるのに対して、後者は輝かしい黒光りのしている黒であるという。āterは火の燃えた後の黒さであり、無に通じるものであるが、nigerは燃え上がる黒であり、むしろそこに新しい存在の可能性を秘めている。このように考えると、白もこれに相応して二種類あり、輝きを持つものと、もたないものがあって、それらは黒の性質と相通じている。かくして、案外なことであるが、黒と白とが象徴的には周一の意味をもつことさえあり、前述のスィ―ネマンは、black(黒)およびそれから派生したbleak(荒涼たる)などの言葉がblanck(空白)、bleach(漂白)と発音が類似していることを指摘している。彼はまた、火が燃え上がっていると、輝くときは白く見え、また煙や煤で黒く見えるときがある事実も、白と黒とが同一視される理由ではないかと指摘している」。(河合隼雄 著「影の現象学」p134-135より引用)

人間の中で繰り返される、ひとつの価値観に内蔵する二義性の把握(例えば自分が悪と考えていたことの中に積極的な意味を見だす等)と高次の統合(自分が悪と考えていたことに積極的な意味を付与して自分の生き方に取り入れる)の作業。そこに現れるシンボル(二者対立を超えた解決を示唆するもので、円や4者性が最も明確な特徴であり例えばマンダラ図形、ユング著の「心理学と錬金術」に夢に現れた実例が多く記載されている)。白と黒のテーマ、およびシンボルの出現はその作業(自己実現)が心の中で起きているサインと考えてよい。

さて、マンダラと言えば、ユング心理学入門に、幼稚園児の描いた絵のシリーズが出てくる。かたつむりが家から分離を果たすようすが、数枚にわたって描かれている。家に安住するかたつむり、領域の2分割する力強い絵。新たなものをかんじさせる2と言う数字の出現(河合先生はユング心理学入門の中で2という数字について「葛藤」「意識に近いこと」を挙げている)。その後にマンダラを思わせる領域を4分割した絵。最後に家から出たかたつむりの絵・・と続く。この絵を描いた児童の、家に安住したい気持ちと、分離したい気持ち。そこに生まれた領域を分割する力強さ、家からの分離の絵が描かれる前に出現するマンダラ様の絵が印象深い。マンダラは人が、過去の価値観を壊して組み立てなおす・・・というような危機的な状況下で心の安定をはかるために出てくる・・・

・・・ある日、師匠がマンダラの出てくる箱庭事例を、研究会か何かで解説していてつぶやいた、「マンダラが出てくるってことはクライエントは不安定になっている」、その時にそれを聞いて思った、それではクライエントはさぞ苦しかろう・・・

河合先生やユングの本を読んでいると、人間の心の働きはまさに神秘そのもので興味を惹かれるが、一番大切なのは、師匠が発した言葉から私が感じ取ったことなんだろう。

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。