Hさんのこと

Hさんが故郷の沖縄に帰るという。Hさんは、私と同じ心理士で、かつて、私の臨床の師匠のところで、一緒に学んでいた人です。

Hさんに初めて会ったのは、2011年くらいで、そのころ私は、師匠が営む心理相談室の研究会に参加し始めたころでした。研究会のメンバーは10人くらいいて、皆ベテランの心理士さんたちだった。その中にいたのが、その先輩方の中でも比較的、私と臨床経験年数が近かった、年下のHさんだった。

Hさんと個人的に話をした、一番古い思い出は、2012年に愛知学院大学で開催された学会の帰りに、私がHさんを、当時昭和区にあったご自宅まで車で送っていく、車中のでのことだった。

参加していた研究会は、自分が受け持つ事例について発表して、検討するもので、ちょうどその2日後くらいに、その月の研究会が予定されており、その発表担当がHさんだった。

車中でその話が出て、「あー私、明後日発表なんですよねー。まだ何もやってないや」と言ったので、たまげた覚えがある。私は自分の発表の時には、かなり前から資料の準備をして、何度も作り直しもして、発表が終わると、どっと疲れていた。なので、Hさんの言葉をきいて、「準備にそんなに力を入れすぎなくてもいいんだな」と少しほっとした。

このように、Hさんは、いい感じで力を抜くことのできる人だと、私には思えたのだった。なので、私にとっては親しみやすく、頼りやすかった。今でも、自分が何かの発表資料を作るときなどには、この時のことを思い出して、肩の力を抜くことがある。

あとは、研究会などで、一緒に机を直したり、パソコンの準備をしたり、お弁当を取りに行って並べたり、お茶を淹れて皆さんに出したり、研修終了後に空いたお茶碗を流しで並んで洗ったり、師匠を囲んでの新年会で、お互いにワインを飲みすぎて、家に帰ってから吐いたことなどが思い出される。他にも思い返すと、いろいろな場面で声をかけていただいて、ご一緒させていただき、本当にありがたかった。

10年間、月に1度参加させていただいたこの研究会は、3年前に師匠が病に倒れられたのを機に、一旦終了した。Hさんをはじめ先輩たちの暖かいご指導のおかげで、私の発表も少しは形になるようになったように思っている。この間私の少し前を行き、自分が臨床のことを学んでいくのに、仲間として同席させていただけたのが心強く、励みにさせていただいていたのが、私にとってのHさんであった。

Hさんありがとうございます、Hさんの存在は、ずっと、私の中で励みになっていました。ずっと愛知県にいらっしゃると思っていたので沖縄に帰られるのは寂しいですが、ご実家のある場所はドラゴンズのキャンプ地の北谷から、車で1時間くらいの場所とのこと、そのうちきっと、遊びに行きます。これからも、よろしくお願いします。

師匠とHさん (師匠喜寿祝いの花束贈呈に際して)

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。