世界は理不尽と恣意に満ちている

最近思うのは、この世界は理不尽と恣意に満ちているということです。生きていて、いろんな場面で感じるのですが、すべての人間が平等に扱われることなど、殆どないのではないでしょうか。理不尽なことだらけです。

それが自明の事とすると、生きるのにさらに不安が増してくる。ただでさえ人付き合いが苦手で、生きづらさを感じているのに、この上理不尽や不平等な目に合ったらたまったものではない。この前「徹子の部屋」を見ていたら、黒柳徹子さんが「私は分割の女王なの」とおっしゃっていた。徹子さんは皆で集まってケーキ等食べるときに、それをぴったりと分割するのが得意だということであった。私も同じだと思った。友人と複数で食事に行ったとき等、平等性を気にしてときに分割の女王になる。私の場合はこれは、自分が不平等な目に合いたくないという気持ちの表れと思う。

しかし、先に書いたように、この世は理不尽と恣意に満ちているようです。結局皆が平等なんてあり得ない。要領のいい人は得をするし、何となく特別扱いされるのに慣れている人は、そういう体験を繰り返していくように思える。それに比べて私は・・貧乏くじを引くことが少なくないように思える。これではやっとれんし、またいつ貧乏くじを引くことになるのかと気が気ではない。

結局この世が恣意性と不平等に満ちた、安心感の無い場所ならば、安心感を感じられる場所やものを自分で見だすしかない。人間の基本的な安心感の有無は結局、発達初期の環境に依るところが大きいと私は考えるので、今更タイムスリップしてそこに戻ってその時にえられなかったものを、まるきり同じように取り返せるわけもなく、ただ今現在において、どうにかするしかない。とは言っても、そうそう安心感を感じられる場所などあるわけもない。じゃあどうするのか・・。

結局その答えは、人それぞれが心の中に、「希望」を見だすことにあるのではないかと思う。少し前まではそのようなものが、この世に存在するかもピンとこなかった。しかし、今はわかる。この世界は理不尽に満ちているが、その中で何に希望を見だすかは人それぞれ、しかしこの世にそういうものが存在する、私は今はそれが少しわかるようになった。これも多少なりとも自分と向き合ってきた、そのおかげかと思う。

この記事を書いた人

アバター

加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。