黒主山

半ば仕事での用事により、少し前のことになりますが、京都に1日滞在したことがありました。それは以前から予定していたもので、私にとってはチャレンジであり、少しだけ楽しみにしていた予定だった。ちょうどその日が現地で祭りが開催されている期間にあたり、私が京都に滞在予定の日は、ピークは過ぎていたとのことだったが、まだ町には山鉾や、夜には提灯が灯り、お囃子が聴ける時間があった。

祭りの会場は、四条駅の近くで、普通に歩いても30分はかからない範囲に山鉾(ここらで言う、祭りの時に出る山車のようなものらしい)が、点々と並んでいた。前もって調べた情報によると、元は平安時代からあった祭りで、当時の人は予期できぬ戦や疫病があって、それらに苛まれていた。人々は、それぞれの山鉾に、1人、もしくは数人の主のようなものを祀り、その人に厄が向くように、祀った。いわば避雷針みたいなものかと私は理解した。このような情報と、それぞれの山鉾には、一見すべき付随した展示物があり、それも見学できるらしい。

最初に印象に残ったのは、浄妙山の矢で、祀られた物語は、平家物語のどこかの部分だったと記憶しているが、その中で、私からするとそれほどポピュラーではない場面が切り取られ、祀られている。展示の方では、橋か船かに刺さった、数本の矢が展示されていた。

その後いくつかの山を巡った後に、黒主山が祀られている展示に立ち寄った。現地のスタッフの方の語りによると、どうやら黒主山は、悔しい思いや、後はずるいことをして周囲にさげすまれるような逸話(実力はあったのに、なぜか和歌集に選ばれなかった、歌の競技会があり、参加する前日に相手の家に忍び込み、相手の歌が初出でないという細工をして歌会当日に相手を貶めようとしたが、結局その謀は周囲にばれた・・等)が残っている主らしい。スタッフの方の迫力ある感情のこもった語りとある種の色を宿した目の光(一瞬だけ見えたように私には感じられた)が印象に残った。

黒主山を出て、少し歩き、別の展示を見て、そこにはお参りする場所があったので、そこにあったお水で手を濯いでいると、ポツ・・と雨が降って来て、それがすぐにザーっとした本降りになった。天気予報にはない雨、しばらくしたら止むだろうと、お囃子が聞こえる方角に歩いたが、その間雨は止まない。傘もない、お囃子も止んでしまった。数か所で雨宿りの後、しばらくすると雨は小降りになり、道を傘無で歩く人も出始め、私も外を歩きだした。するとちょうどその時、遠くで1回だけ、雷の音が鳴るのを聞いた・・・

さて、その日の夜の半ば仕事の行事は、自分が発表をするという当番でもあって、私も黒主山のようになるのではないかと一瞬よぎったが、この場合ならなかった。その上、その日、ありったけおしゃれして出て行った田舎者の私に、「ねえ、あなたのつけているその宝石、すごく素敵」と声をかけてくれた方もいた(←これはメタファーであります)。この夜の経験が、私にとってこのような機会となったのは、先生とその日そこに参加されていた方々のおかげです。が、あらかじめ黒主山に遭遇していた、そのおかげもあったように、今となっては思われる。

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。