巡礼の6月

大学の時には水泳部で、4年間活動した。私は主将や副将等のいわゆる「幹部」というメンバーには入らず、黙々と4年間泳いで活動を終えたが、引退後にひとつ学年が下の主将のG君と学内でばったり会ったときに、「理恵先輩の存在は大きかった、今度の大会に出てくれませんか」と声をかけてくれた(次の大会のオーダーを決めている最中だったらしい)のがうれしかった。

その時に思ったのは、私はスター選手でもなければ、皆を引っ張っていくリーダーシップもなかった。後輩に慕われる面倒見のよい先輩でもなかった・・でも、地道に練習をこなし、合宿も一度も休まなかった。与えられたタスクは確実にこなしていた。それに大会では一番にはなれなかったけれど、2番3番になって、ちまちま点数を稼いでいたからな・・と、いろいろ思いを巡らせ、「そんな風に思っていたの、G君・・・!」とうれしくおもった・・。

こうして書いてみると、私って自分の存在が大きいと思ってほしい人間なのだなとわかる。

さて、表題のようなことについて書こうと思ったのは、私はこの考え方があまり変わっていないのだな・・と実感するようなことがあったからです。この6月に、心理士ばかりでチームで働くような機会がありました。大変だったが、とてもいい経験になった。しかし、いったい私はこの機会にどういう風に役立てたのだろうか・・としばらくは考え込んでしまった。

少し時間がたってから改めてふりかえると、結局はそれほど役には立っていなかったと思う。ただ、その場にいた方々と時間を共有できたのはよかったかもしれない。何をするかはあまり関係ないのかもしれない。大学の水泳部のことに例えれば、リーダーシップを取る人、スター選手みたいな人、後輩指導が得意な人・・いろいろいて、誰が一番役に立つということはないのでしょう。

結局思ったのは、私がみんなのためにできたのはその場にいて、そこにいる人と時間を共有することくらいだったかなと思った。最初に書いたG君との会話のことに戻りますが、G君にしたら、地味で取り柄のない先輩でも引退していなくなれば、そして久しぶりに顔を合わせたなら寂しさのようなものがわきおこり、温かい言葉をかけてくれたのかもしれない。・・・そうであったら、まあうれしい。

この記事を書いた人

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加藤 理恵

臨床心理士・公認心理師
カウンセリングルーム はるき カウンセラー 

(株)デンソーを退職後 心理系の大学院を修了し、39歳で心理カウンセラー
42歳でカウンセリングルーム はるき 開室。
ユング心理学を背景に持つ、夢分析 箱庭療法を得意とし、主にうつ、不安、対人関係に関する悩みの相談にあたっている。

過去に、精神科クリニック 産業領域(トヨタ車体(株)) 愛知県教育委員会スクールカウンセラー(中学校) 等でのカウンセラーの経験がある。