心理学者のユングは人の心が変容する過程を調べる中で、錬金術の思想に注目した。
錬金術とは例えば、鉛のような卑俗な金属から、金を生成する術・・その過程にまつわるファンタジーのことをいう。またそれは、誰かが言いだして、体系立ててまとめられたような思想ではない。過去の錬金術師たちは、その術のプロセスを、絵や文章にして残し、それが、ユングの著書「心理学と錬金術」に収められている。その中で紹介されている歴史的な絵や文章は、中世のものが多いが、他には例えば12世紀のものも19世紀のものもある。アジアのものもあれば、ヨーロッパの各地のものもある。ユングは、錬金術が真か偽か、そこに注目したのではなく、そのようなファンタジーがいろいろな時代のいろいろな場所の人の中に沸き起こった、そのことに注目した。そして、人間のこころのはたらきについて、なにかしら本当のことを、その中に見出そうとした。
錬金術における、最終生成物の金は、いろいろな名前で呼ばれている。例えば、生命の水、秘薬、ラピス・・。ユングはラピスについて、以下のように説明している。
「ラピスを発見するのは大変難しい、まさしくそれが、貧相である、つまり見栄えがしないからであり、それが道端に投げ捨てられているからであり、平地であろうが山であろうが川であろうがいたる所で見られる極めて安っぽいものだからである」
「心理学と錬金術」の中では、このラピスを得る過程についても、紹介されている。それはユングのクライエントが見た、多くの夢により示されている。またその夢のシリーズの一部は、河合先生の「ユング心理学入門」の中でも紹介されている。クライエントは、若き科学者であったが、「新たな段階へと発展していく必要があった」 「一度得意の場面から落下して、必然的に退行現象を起こすことが必要であった」そのような人であった。
夢の中でクライエントは、高みから落下し、その後海に飛び込み、海の底で秘薬を発見する・・これこそがラピスである。それが現実的に何であるのか、明言はされていないが、その後の夢の中でクライエントは、ルビコン川を渡り、自らを導く、新たな女性像の存在を目にすることになる。
ユングは、錬金術の過程に、このような人間の心の変容のプロセスを重ねて見たわけです。ラピスはラピスであり、ひとことで説明を付すのは難しい。人の心が変容する過程において、人が自覚的に生きるためのものを見つけ出すには、少し辛抱が必要な場合が多いと思います。そして、時間が少しかかるかもしれません。それでも、自分の中からそのようなものを見つけ出し、手に入れた時の喜びは、格別だと私には思われます。